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2012年6月15日 (金)

太平洋戦争と短歌(南原繁、太田正雄)~スタックスネット~大学人として

東大出版の機関誌UP巻頭で、岡井さんが、「『形相』を読む」と題したエッセイを書いている。南原繁の短歌についてだ。南原は、「アララギ」の歌人だった。

南原で特に注目されるのが、太平洋戦争の開戦から終戦に至る作品だ。斎藤茂吉らプロの歌人がこぞってこの戦争に賛成・熱中し、大政翼賛・戦意高揚の歌を発表し続けたのに対して、南原は大局的な「願い」の歌を冷静に作り続けた。

当時、東大教授だった文人。そう、南原にしても、太田正雄(木下杢太郎)にしても、太平洋戦争が勝てる戦争だなどとは、開戦のときから思っていなかった。日記には、「始めたら勝つしかない」などとあるが、絶対無理だと思っていたことが知れる。

世の中全体が破局をめざしてまっしぐら、というときに、知識人の文人はどうふるまうべきか(端的に大学教授はどうふるまうべきか)。軍用機の開発に携わるのが良いのか。終戦の工作に加わるのが良いのか。百花譜を描くのが良いのか。

南原や太田も、きれいごとだけでは済まされない部分はあるだろう。

東大は、いっさい軍事に関わる研究をしないという明文化された規則をもつ。これは、当然のようだが、世界のアカデミアでは例外的なものと思う。米国では、MITもスタンフォードも主たる資金源はDARPA(国防高等研究計画局)だ。

私の専門に引きつけて言えば、スタックスネットのようなサイバー攻撃に対する防御の研究は、それだけでは軍事研究ではないし、日本でもやる必要がある。しかし、これを「攻撃」に転用した瞬間に軍事研究となるだろう。

http://wired.jp/2012/06/04/confirmed-us-israel-created-stuxnet-lost-control-of-it/

私は自分が、斎藤茂吉よりは(南原繁とまでは言わないが)太田正雄に近い人間だと思う。最近、仕事の方針などで悩むと太田の日記を読んで、仮想的に彼との対話を試みることがある。バブル時代に研究者となった私は、太田正雄よりも(もちろん斎藤茂吉よりも)、数段恵まれた研究生活を送ってきた。それが日本という国の支援によることは、よく自覚しているつもりだ。

私が大学にいられるのは、あと10年余り。太平洋戦争やバブルではなく、穏やかで人間的な社会の発展のために尽くしたい。

坂井修一

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