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2014年3月25日 (火)

人生の最初の選択 ― 「若き詩人」のその後 ―

高校生のとき、担任だった国語の先生に、文学部への進学を勧められたことがあります。すでに理系クラスに入っていたのに、です。先生は、顔を合わせるたび熱心に「文学部へ行きなさい」と言い、私が大学(東大・理科Ⅰ類)に入学してからも、どこで調べられたのか「今ならまだ文学部に進学できる」と熱意をこめて説得してくださいました。たしかに理Ⅰから文学部への進学は可能であり、先生の言葉も故のないことではなかったのです。

私が文学部に進まなかったのは、第一に才能に自信がなかったから。田舎の高校で先生に勧められたからって、何の保証があるというのでしょうか。文学は「保証」されてやるものではありませんが、それでも何かの確信(盲信でもいい)がもてなければ前には進めません。

もう一つ、次のような文章を読み、たとえ自分に才能があったとしても、文学で身を立てることに強い躊躇を覚えた、ということもありました。

「ただ、残念なことに、この若き詩人フランツ・クサーファ・カプスは後年、リルケのこれほどの助言にもかかわらず、いわゆるジャーナリズムに頼って、ベルリンの絵入り週刊新聞に、みじめな大衆小説を書いているのを僕はこの眼で見た。これは悲しむべき事実である。たとえどのような生活の苦労があったにせよ、これほどのリルケの信頼に応えるのに、この有り様はなんということであろうか。僕はしばし悲憤の涙にくれ、人間のあわれさに慟哭したのであった。」(高安国世『若き詩人への手紙』あとがき)

大詩人のリルケが見込んだ才人でもこうなる。まして自分など、どうなるかわからない。ある程度の貧乏は仕方ないけれど、ジャーナリズムの奴隷は嫌だ、などと思ったのでした。

それでも自分は文芸へのあこがれを断ち切れず、短歌という短い詩を30年以上作り続けています。高安国世さんが、リルケの訳者であるばかりでなく、歌人であることを知ったのは、ずっと後のことでした。

(坂井修一)

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