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2016年7月14日 (木)

『戦争と平和』と『アンナ・カレーニナ』

トルストイの『戦争と平和』は、18歳のときに読んだ。すばらしい小説だと思ったが、歴史に関する考察など、思想的な部分はよくわからなかった。『アンナ・カレーニナ』を読んだのは今年の春、つまり57歳の私だ。これは細部までよくわかった。特に、産業革命や近代芸術に対する作家の態度は、現代日本の自分にもとても参考になるものがあった。一方で、アンナの行動様式は、今の自分には熱がありすぎるものだ。

本を読むタイミングは、自分では選べないものだろう。中学1年生のときに三島由紀夫の『金閣寺』を読んでいた私を見て、父は驚き叱責したが、私は平気でそのまま読み通した。結果として、(少し時間はかかったが)この読書は自分の人生に大きなプラスをもたらした。今思えば父の訓示は形式的なもので、「静かに見守る」ほうに彼の心があったとも思う。

自分にとって『戦争と平和』を読むベストのタイミングは、イスラエルで投石を受けた30歳の頃だったのではないか。『アンナ・カレーニナ』は、国の研究プロジェクトに関わって心の揺れが激しかった35歳ぐらいではなかったか。現実はそううまくはいかない。でも、それはしかたないことだ。

貴族ではない我々は、『戦争と平和』のような大作を何度も繰り返しじっくりと読む時間は与えられていない。さらに今は一億総活躍社会だそうだから、多くの人が日々あたふたと仕事をし、そのさいちゅうに死ぬことと思う。ベストなタイミングで読書することなどとても望めないが、それでも『戦争と平和』も『アンナ・カレーニナ』も、今の私にも微妙なところで影響してきている気がする。

自分は死の床で、アンナの投身自殺を思い出すだろうか。あるいは、アンドレイがナターシャを許す言葉を。これは、少し違う気がする。むしろ、『人間の絆』のペルシャ絨毯の比喩や、『知と愛』でゴルトムントがナルチスに語る最期の言葉などではないか。

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