文化・芸術

2015年7月 6日 (月)

『ひまわり』と『悲しみの青春』

ヴィットリオ・デ・シーカ監督は、『ひまわり』を失敗作、『悲しみの青春(フィンツィ=コンティーニ家の庭)』を成功作とみなしていた。『ひまわり』は主役が大物過ぎ、製作者の意向でメロドラマになり過ぎた。これに対して、『悲しみの青春』は、冷酷な光の満ちた思索的芸術品であり、アカデミー外国語映画賞とベルリン映画祭金熊賞を受賞した(興行的成功は、もちろん『ひまわり』のほうだ)。

小説家や詩歌人は、自分の裁量だけで創作できるから、こんな悩みはないのだろうと人は考える。たしかに、創作の現場でプロデューサと怒鳴り合うようなことは無いが、これに近いことはしばしばあるのだ。

こうした葛藤は、悪いことばかりではない。自分の作品や評論が、出版社やテレビ局からどう見られるのか、今の世間ではどういうことをすれば受けるのか、などを知ることは、しばしば自分を相対化することにつながる。その上で創作者としてどう意地を張るのかが、次に問われることになる。(坂井)

2014年5月14日 (水)

10冊の漫画

先に10冊の小説をあげたので、今度は10冊の漫画をあげてみようと思います。

1.ローマへの道: 萩尾望都

2.翼ある者: 大和和紀

3.火の鳥: 手塚治虫

4.天上の虹: 里中満智子

5.エピタラム: 池田理代子

6.希林館通り: 塩森恵子

7.私を月まで連れてって: 竹宮恵子

8.風の谷のナウシカ; 宮崎駿 (映画ではなく単行本の漫画)

9.エースをねらえ: 山本鈴美香

10.サザエさん: 長谷川町子

「ゴルゴ13」(さいとうたかを)や、「いつもポケットにショパン」(くらもちふさこ)、「翔子の事件簿」(大谷博子)、「MONSTER」(滝沢直樹)、「銀河鉄道999」(松本零士)、「こち亀」(秋本治)なども候補になります。しかし、梶原一騎や小池一夫のものなど劇画は入りませんし、藤子不二雄のものも遠慮するところです。

私の場合、10冊選ぶと、手塚・宮崎以外は全員女流になってしまいます。代表作もあれば、マイナーなものもあり、どちらかといえばマイナーのほうに執着があります。

(坂井)

2014年5月 8日 (木)

10冊の小説

今日の夕方、1時間ほど時間ができたので、自分の人生に大きな影響を与えたものごとについて、思いをめぐらせてみた。特に、小説や映画について。

自分にとってたいせつな小説を10冊選ぶとどうなるか。ほんとうはとても選びきれるものではないだろうが、私の場合、まず次のようなものが浮かぶ。

知と愛: ヘルマン・ヘッセ
カラマアゾフの兄弟: ドストエフスキー
リア王: シェークスピア
ジャン・クリストフ: ロマン・ロラン
人間の絆: サマセット・モーム
絵のない絵本: アンデルセン
百年の孤独: ガルシア・マルケス
源氏物語: 紫式部
渋江抽斎: 森鷗外
銀河帝国の興亡: アイザック・アジモフ

この他にも、デュラスの「愛人」とか、マッカラーズの「木・岩・雲」とか、トールキンの「ロード・オブ・ザ・リング」とか、クラークの「幼年期の終わり」とか、大江健三郎の「万延元年のフットボール」とか、たくさん出てくる。しかし、夏目漱石、芥川龍之介、志賀直哉、三島由紀夫、村上春樹といった作家は入ってこない。安部公房と開高健は微妙なところだ。

トルストイは「アンナ・カレーニナ」を読み終えていないので、(「戦争と平和」は入れていいところが選べないので)あえて入れていない。ダンテの「神曲」、ホメロスの「イーリアス」も同様。これらは読んだ部分だけでも十分に入ってくると思うが。

これらに比べると、歌集は、万葉集からこれまで、上にあげた小説よりも大きなものは一冊もない。別のところでも書いたが、これは私にとって重大なことと思う。

(坂井)

2014年5月 3日 (土)

木・岩・雲

カーソン・マッカラーズという女流作家をご存じだろうか。彼女は、アメリカ南部の出身で、8冊の本を書き、1967年に50歳で亡くなった。

私の手元には、ペーパーバックの短編集"The Ballad of the Sad Cafe(悲しき酒場の歌)"がある。中に収録されている”A Tree. A Rock. A Cloud.(木・岩・雲)”に、40代の私は大きな影響を受けた。

http://homepage.ntu.edu.tw/~karchung/A_Tree.pdf (英語原文)
http://f59.aaacafe.ne.jp/~walkinon/tree.html (和訳)

たったこれだけのお話であり、何を読み取るかはすべて読者にゆだねられている。

われわれの一生は邯鄲一炊の夢というが、それはまた一人の異性を愛し損ない、放浪し続ける中で、深い真理を発見することでもある。自分に正直に生きると、世の中からは気のふれた落伍者とみなされ、普通の生活を失ってしまう。しかし、そういう落伍者・放浪者が送っているものこそ本当の人生なのではないか。

作品の一場面一場面に神経繊維が流れ出すような静かな迫力がある。これを30歳そこそこのマッカラーズが書いたのである。

                        *

人生後半になって、誰でも「自分は結局何がしたいのだろう」と考えることがあるだろう。高い社会的地位や富を手に入れること、良い車に乗ること、りっぱな家を建てること、世界旅行をすること、高価なワインに酔いしれること、高名な絵画を購入すること。どれも悪いこととは思わない。しかし、これらは誰にでもできることではない。

マッカラーズの一篇は、無料ですぐに誰にでも読める。こういう作品(小説とは限らない。絵画でも映画でも音楽でもよい)を毎月一篇ずつでも鑑賞できれば、そうとうに満足な後半生が送れるだろう。

だが、今の世の中では、このことは、名利を求め続けるよりもずっとむずかしいことだ。

(坂井)

2014年3月25日 (火)

人生の最初の選択 ― 「若き詩人」のその後 ―

高校生のとき、担任だった国語の先生に、文学部への進学を勧められたことがあります。すでに理系クラスに入っていたのに、です。先生は、顔を合わせるたび熱心に「文学部へ行きなさい」と言い、私が大学(東大・理科Ⅰ類)に入学してからも、どこで調べられたのか「今ならまだ文学部に進学できる」と熱意をこめて説得してくださいました。たしかに理Ⅰから文学部への進学は可能であり、先生の言葉も故のないことではなかったのです。

私が文学部に進まなかったのは、第一に才能に自信がなかったから。田舎の高校で先生に勧められたからって、何の保証があるというのでしょうか。文学は「保証」されてやるものではありませんが、それでも何かの確信(盲信でもいい)がもてなければ前には進めません。

もう一つ、次のような文章を読み、たとえ自分に才能があったとしても、文学で身を立てることに強い躊躇を覚えた、ということもありました。

「ただ、残念なことに、この若き詩人フランツ・クサーファ・カプスは後年、リルケのこれほどの助言にもかかわらず、いわゆるジャーナリズムに頼って、ベルリンの絵入り週刊新聞に、みじめな大衆小説を書いているのを僕はこの眼で見た。これは悲しむべき事実である。たとえどのような生活の苦労があったにせよ、これほどのリルケの信頼に応えるのに、この有り様はなんということであろうか。僕はしばし悲憤の涙にくれ、人間のあわれさに慟哭したのであった。」(高安国世『若き詩人への手紙』あとがき)

大詩人のリルケが見込んだ才人でもこうなる。まして自分など、どうなるかわからない。ある程度の貧乏は仕方ないけれど、ジャーナリズムの奴隷は嫌だ、などと思ったのでした。

それでも自分は文芸へのあこがれを断ち切れず、短歌という短い詩を30年以上作り続けています。高安国世さんが、リルケの訳者であるばかりでなく、歌人であることを知ったのは、ずっと後のことでした。

(坂井修一)

2013年8月23日 (金)

国際競争

21世紀の今、世界中を相手に競争することでようやっと暮らしを立てている人が多くなった。意識するとしないにかかわらず、日本の人口の大部分がそうではないかと思う。

理系の学者の場合、大学院時代から国際競争の中にいるし、いくつになってもこの争いを続けるしか生きる道がない。近年はアジア諸国の台頭が著しいので、この競争はますます過激になっている。学者の世界の厳しさは、全く新しい問題を発見し、解決することを続けなければならないことにあり、テストで80点をとる秀才がほとんど意味をもたないということだろう。

ひるがえって短歌には国際競争がないというが、果たしてそうだろうか。私は、民族固有の芸術を認めるのにやぶさかではないが、世界の国々との交渉無しに今の人間が存在しないように、地球規模で吹く風を吸わずに今の文学はありえない。これは、明治時代の正岡子規だって理解し、予言していたこと(「七たび歌よみに与ふる書」)。

(坂井)

2013年6月 7日 (金)

キム・英子・ヨンジャ歌集『百年の祭祀』批評会

6月1日、キム・英子・ヨンジャさんの歌集『百年の祭祀』の出版記念批評会が、中野サンプラザで開催され、発起人として参加した。

ゲストの栗木京子さん、大野道夫さんはじめ、パネリストの梅内美華子さん、浦河奈々さん、中津昌子さん(司会)、どなたも優れた鑑賞・批評をされ、大いに盛り上がった。法政大学の髙栁 俊男教授からは、ふだん聞けないお話をいただき、認識を新たにするところだった。

私は、この歌集の解説を書いた。韓国語の響きのおもしろさ、優しげな言葉が深い悲しみを負っていることに、あらためて沈黙させられることが多かった。表現としてはこれからの感もあるが、日本の若者の歌とはひと味違った世界がこれから開けていくのではないか、と思う。人間の幅を感じさせる、芯のある歌いぶりだ。

(坂井)

2013年5月11日 (土)

杢太郎記念館

木下杢太郎(太田正雄)は、医学者にして詩人・劇作家・美術史家。芸術的かつ論理的な人です。私などでも、なにかを決断するときに、彼を範とすることがあります。

この5月6日、日帰りで伊東に行き、杢太郎の記念館を訪れました。そして、館長の丸井重孝さんに杢太郎の生涯と彼の兄である太田円三について、そして同館で開催中の「木下杢太郎と観潮楼歌会」について、詳しい説明を受けました。これはたいへん嬉しいことで、彼の時代の文芸、特に明星から大正にかけての表現の移ろいがよくわかりました。
# 観潮楼歌会のころに、白秋がどうやって「明星」を超えて新しい文芸を作ったのかなど、別途文章にしたいと思います。

その後、丸井さんに、一碧湖に連れていっていただきました。私どもの新しいカバー写真はそのときに、丸井さんに撮っていただいたものです。

(坂井)


			

2013年3月24日 (日)

現代短歌フォーラム イン 福島

3月9日(土)、福島テルサで「現代短歌フォーラム イン 福島」が開催された。現代歌人協会主催。

Ⅰ鼎談   ・・・・佐藤通雅・高木佳子・吉川宏志
Ⅱ三分提言・・・・佐佐木幸綱・高野公彦・波汐國芳・伊藤正幸・遠藤たか子
             大島史洋・小島ゆかり・ 駒田晶子・佐伯裕子・坂井修一
                           外塚喬・内藤明・東直子・藤原龍一郎・穂村弘
Ⅲパネルディスカッション   司会 小高賢
                       ・・・・柏崎驍二・久我田鶴子・栗木京子・本田一弘

詳細は歌人協会担当者から報告があると思うが、上記の通り、豪華な顔ぶれである。皆、真剣に震災・原発問題と短歌について語った。

短歌のような短い詩が、震災・原発のような大事件にも、しっかりと言葉を響かせることでたいせつなことを訴え、残すことができるか。テーマは、つきつめればそういうことになる。

短歌はふつう、抒情的で象徴的な物言いが軸となる。原子炉の構造や行政の仕組みを分析して、批判したり肯定したりすることはむずかしい。一方で、「こわい」「腹立たしい」「悲しい」など感情を表現するのは得手だ。かなり複雑な感情の動きも表現できるので、なにかを批判するときは、そちらから”攻める”ということになる。

しばしば論理より一段低いものとみなされがちだが、感情はわれわれの人間らしさの根拠である。自然な感情の流れを大切にすることは、人間として必須だろう。その上で、感情の根拠となっていることがらに不審な点はないか、論理的に分析してみることも、扇動者に利用されないために、たいせつに違いない。

(坂井)

2013年1月 3日 (木)

ふらんす堂 短歌日記

あけましておめでとうございます。今年が皆様に幸多き年であることを心から祈っています。

今年は、元旦から1年間、ふらんす堂ホームページで「短歌日記」の連載をします。毎日一首、合計365首を詞書つきで発表し続けるもの。昨年の小島ゆかりさんに引き続きの企画になります。

http://furansudo.com/2013/tanaka/index.html

よろしければ、ときどき、お読みください。

(坂井)