旅行・地域

2012年10月 7日 (日)

ふたたびみなかみへ(2)

10月4日の旅の続き。

金精峠から引き返し、みなかみの町を過ぎて、谷川温泉に向かった。本日の宿は、「檜の宿 水上山荘」。ここは、広々した部屋の窓から谷川岳が見え、源泉掛け流しの湯、美味しい料理など、どれも良かった。

宿に行く前に、天一美術館へ行き、岸田劉生の麗子像はじめ、国内外の著名画家の絵を見た。比較的小さな絵が多かったが、名品というべきものが揃っていて、感心した。実は、この美術館の玄関で、私宛に携帯メールで吉報があったので、よけいに絵が傑作に見えたのかもしれない。なお、このメールの中身については、11月6日ごろ報告します(短歌そのもののお話ではありませんが、ちょっと関係あります)。

翌5日も快晴。天神平ロープウェイとリフトを乗り継いで、天神峠に登り、谷川岳山頂を間近に見た。山頂は、トマノ耳がよく見え、もう片方のオキノ耳は雲の中だった。リフトの写真は、私どものホームページにアップしたものだ。

天神峠山頂からは、ゲレンデを歩いて降りた。谷川岳の全貌だけでなく、赤城山や朝日岳を見ながら下りるこれは、なかなかの景色で、堪能した。

この後、千嘉子の運転で、たくみの里までドライブ。たくみの里では、工芸品の実演販売の店を何軒か回った。これも楽しい経験だった。

(坂井)

ふたたびみなかみへ(1)

10月4日、5日と休暇をとって、群馬みなかみの旅に出かけた。8月に続いて、今年2度目の牧水を慕う旅だ。

前回は、沼田、老神、猿ヶ京、法師と温泉地を巡る旅だった。有名な舒林寺の「傘」など、印象的だったが、これは米川も私も、別途歌と文章にする予定なので乞御期待。

今回は、「みなかみ紀行」の旅の最後のところ、丸沼から金精峠が第一の目的地だった。当初、台風19号の動きを気にかけていたが、日頃の行いのせいか(!?)見事に東に去って、当日はよく晴れた。上毛高原で車を借り、丸沼まで2時間弱のドライブ。到着した丸沼は、平日のせいもあって、鱒釣りの客が数人いる程度で、この高原の沼=湖はひっそりと静もりかえっていた。

牧水の宿泊した番小屋は、沼が当時から一回り大きくなったため、その底に沈んでしまったとのこと。私たちは駐車場に車をとめて昼食をとり、しばらく散策した。わき水がさりげなくあちこちに出ていて、「ばしゃばしゃ」やった童心の牧水をしのびながら、すくって遊んだりした。白樺や桂が美しいところだった。

丸沼の後、車で東進して菅沼の隣を通り、金精峠を越えた。越えたといっても、牧水のように峠を本当に越えたのではない。国道120号線は、トンネルでこの峠を通過する。そして、栃木県側に出るのである。峠は快晴で、栃木県側の山や湖がよく見えた。「みなかみ紀行」の旅の、最後の番人との別れのシーンは美しくも悲しい。また、峠の頂上から湯元に向かって急坂を駆け下りた、というのだから、牧水の健脚はそうとうのものであったろう。私たちは車を降りて何枚か写真をとり、群馬の側へと引き返した。

(坂井)

2012年8月28日 (火)

世界には、「壁」のある国があります。城壁ではありません。国の中で二つの勢力を分けるための壁です。

偶然ですが、そういう国の3つに行きました。ドイツ、イスラエル、キプロスです。

ドイツのは有名なベルリンの壁。私が訪れたときは、これが壊されたばかりで、壁の断片を売っている人がいましたし、残骸の上には芸術的な落書きもありました(今は禁止)。ブランデンブルク門をくぐって、東ベルリンの教会へパイプオルガンの演奏を聞きにいきましたが、街並みといい、人々の服装といい、西ベルリンと全然違うので、驚きました。

イスラエルの壁。これは、アラブの人々の住むヨルダン川西岸地区を分離するためのもの。建設中で、完成すると長さが703kmにもなるといいます。日本でいえば、東京・広島間の距離です。私がこの国を訪れたときには、まだ作られていませんでした。同地区にある古都ヘブロンで、投石を受けた話は、これまで3度ほど書きましたので、ここでは省略します。

キプロスの壁。ここは、トルコ系とギリシャ系の民族の争いの舞台です。この国を南北に分ける壁は、首都ニコシアをも二分しています。私は、南部の町リマソールを訪れただけで、ニコシアには行きませんでした。リマソールはリゾート地で、民族の争いなどどこ吹く風と、人々は客引きにいそしんでいました。怪しいタクシー運転手もたくさん。。

もう一つ。南北朝鮮の境界線もまた、「壁」といえましょう。韓国は米国、中国とともによく行く国の一つですが、板門店を見学したことはまだありません。

(坂井)