2016年9月 6日 (火)

「NHK短歌」9月4日放映 こだま愛さん お迎えの歌

「NHK短歌」9月4日(再放送9月6日)放映分のお迎えの歌について、番組中では時間不足で十分に説明できなかったので、あらためてここで紹介します。短歌は感性で味わうものなので、仕組みを説明しすぎると興ざめになるかもしれませんので、そうお感じになる方は、どうぞ読み飛ばしてください。

(こだま愛さんへ)
身に揺るる
水玉模様
うれひひとつ
たたへてサリー
声澄みわたる

剣幸・こだま愛の宝塚月組ゴールデンコンビを代表するミュージカル『ミー・アンド・マイガール』。前半で、水玉模様のワンピースをまとったサリー・スミスが、「ビルと私、もしかしたら別れることになるのかも」と心配しながら歌う場面です。「水玉」は、サリーの住むランベス(テムズ川のほとりの町)を象徴する模様だそう(剣幸さん談)で、この歌では、上流のヘアフォード伯爵家に行くときも下町の気概を失わないサリーの心意気と不安をともに表現しようとしました。生来の力強さと女性的なたおやかさを歌い上げるサリー=こだまさんの姿です。

に揺るる
模様
れひひとつ
たへてサリー
澄みわたる

番組でも紹介しましたが、この歌は、「身=み」「水=み」「う」「た」「声=こ」と、「ミミ」=こだまさん、「ウタコ」=剣さん、の二人を詠み込んだ折句の構成となっています。ミミがウタコを思う、という舞台を刻み込んだわけです。さらに、「水玉」「たたへて」「澄みわたる」と「水」にちなむ言葉(縁語、と言います)を散りばめ、一首全体でランベスとそこで生きるサリーを暗示するように作りました。

(剣幸さんへ)
うつしみを
ただよひいづる
このこころ
身を捨てて行け
水のランベス

こちらは、同じく『ミー・アンド・マイガール』のラストで、ビルが伯爵の地位も財産も投げ打って、ランベスのサリーのところに戻ろうとする場面。豪華な屋敷で貴族らしくふるまっていても、サリーを思う自分の心は体を抜け出して漂っているようだ。それならば心よ、この身など捨ててランベスに行ってしまえ、という意味。

つしみを
だよひいづる
のこころ
を捨てて行け
ランベス

この歌も、「う」「た」「こ」「身=み」「水=み」と折句の構成。今度は、「ウタコ」=剣さん、「ミミ」=こだまさん、の順にしています。舞台のウタコがミミを思う、というわけです。さらに、「ただよひ」「水」「ランベス」とこちらも「水」の縁語を散りばめ、「ランベスへ行くぞ」の気持ちを強調しました。もうひとつ、4句の「身を捨てて行け」の強い言い切りで、男役トップスターの剣さんの勇姿を示したつもりです。

短歌はむずかしく考えて味わうものではなく、言葉の響きをハートでダイレクトに受け取るもの。少しうるさい説明だったとしたら恐縮です。今回の「NHK短歌」、宝塚ファンの皆様も、短歌愛好家の皆様も、そうでない方々も、お楽しみいただけたのであれば幸いです。
(坂井修一)

2015年9月 5日 (土)

二重に恥ずかしい(自歌自註)

Verweile doch! Du bist so alt. (Universitätsbibliotek) 『群青層』  坂井修一

以前にもあげたが、もう一度この歌について書いておきたい。

これはドイツ語で詠んだ歌。直訳すれば、

「止まれ! いかにもお前は老いている (大学図書館)」

となる。

といえばおわかりの方も多いと思うが、この歌は、ゲーテの『ファウスト』の有名な文句、"Verweile doch! Du bist so shön."(「止まれ、いかにもお前は美しい」)のパロディーだ。

米国の大学で研究生活を送っていた私は、「このまま帰国するべきかどう」で悩んでいた。そんなとき、彼の地の巨大な図書館の前で、突然、ファウストのあくなき冒険心を思い出し、「自分の悩みは何て年寄り臭いんだろう」と、情けない気持ちになった。おそらく私だけにしかわからない、そんなことを歌ったひとりよがりの作品だ。

しかし、この歌は、「短歌研究」に発表してすぐに、同誌の季評でとりあげられ、井辻朱美さんと髙野公彦さんが全然別の、(おそらく作者の意図を超える)鑑賞をしてくださった。今でも感謝している。

                              *

大学2年のとき、つまりもう今から37年も前に、南原實先生のドイツ語の講義で、『ファウスト』を読んだ。理学部進学生の教養科目で、受講者が輪番で翻訳する形式だった。

ファウストはすでに日本語訳で読んでいたが、この詩劇のすばらしさは、原著でないとわからない。読み始めてそのことをすぐに理解したが、各回当番の理系学生は、ドイツ語やゲーテなどには興味ないから、通過儀礼として最低限の義務を果たす。つまりぎりぎり文法と訳語を間違えなければ良い、という態度で、自分の受け持ちの2,3ページをなんとかこなしていくだけである。

そんな学生たちに対して、南原先生は穏やかに接していたが、「まあ、理学部の進学生はこんなものだろう」、と諦めていたのだと思う。ところで、理系にいながら短歌など始めていた私は、毎回繰り返される同級生の”壊れたプラモデル”のような発表に嫌気がさし、この講義には出ないで、一人下宿で原文を読むこととした。『ファウスト』を原文で読むことは、その時の自分にはとても大きな楽しみだった。

この講義の私の成績は「良」だった。試験のない講義で出席も輪番担当もしないのだから、当然のこと。それで良いのだ、と納得していた。

今思えば、成績はともかく、やはり一度ぐらいは発表をして、自分のひとりよがりな訳を南原先生に直してもらうべきだった。私の人生にはしばしばあることだが、ほんとうに愚かなことばかりしてきた、と悲しくなってしまう。

ともあれ、南原先生があの講義で、(理系には難解な)『ファウスト』をとりあげなければ、冒頭の一首もなかったことはたしかと思う。

南原先生と米国の大学に感謝しつつ、わが身の小ささを二重に思い、恥じずにいられない。

2014年5月 6日 (火)

テリー・ギリアム(自歌自註)

モンティー・パイソンが好きだ。〈モンティー・パイソンが嫌いな吉田美和〉も好きだ。

どこまでも悲しいほろび繰りかへす獣の名前テリー・ギリアム 『亀のピカソ』 坂井修一

6月に出る予定の歌集から。詞書つきです。

1.モンティー・パイソンは、イギリスのコメディアングループ。知的レベルが高く、アブないコントをやって人気があり、BBCの「空飛ぶモンティ-・パイソン」は4期続いた人気番組でした。私は、VHSのビデオを借りて見ましたが、いろいろな意味で慰めをもたらしてくれた作品でした。

2.テリー・ギリアムはモンティー・パイソンのメンバーで、「空飛ぶ」では、切り絵アニメや、スペイン宗教裁判の枢機卿の役をやった人です。後に映画監督として有名になり、『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』『Dr.パルナサスの鏡』などで知られています。

3.吉田美和は、言わずと知れたDream Comes Trueのボーカル。彼らの大ヒット曲「go for it!」の一節に、「黒は好きじゃない。モンティー・パイソンも」があり、上の歌の詞書きはこの歌詞を下敷きにしています。

4.私の見た限り、ギリアムの社会観はポジティブなものとは言えず、近未来は真っ暗な終末、という感じかと思いますが、それでも人間らしい喜怒哀楽を花火のように美しく見せたい、という強い意志が伝わってきます。この歌は、ギリアムが表現したものへのオマージュででありましょう。

テリー・ギリアムを知らない人はぜひにご鑑賞ください。私とは全然違う感想をもつ人も多いことでしょう。これからネットでも検索してみます。

(坂井)

2014年4月11日 (金)

財なすも人(自歌自註)

「ほんものの人生を君は生きて死ね」人に説きつつ財なすも人  『亀のピカソ』 坂井修一


ふらんす堂の「短歌日記」は、1年365日、毎日の出来事や思いにしたがって短歌を一首ずつ詠むという趣向で、これは、昨年3月24日の歌だった。「あなたは生きるために食べ物を食べているだけだ。食べ物をたくさん蓄えるために生きているわけではないはずだ」(キケロ)の詞書をつけた。

私たちの人生は、衣食や金銭・名誉を求めることを最終目標とするものではない。一方で最低限の金銭や地位をもたないと生きていけないし、本当に「最低限」だと生きづらいのも確かだ。この「生きづらさ」から逃れるために、人は人生のほとんどの時間、あくせくと意にそまぬことがらに費やすことになる。それでお金持ちになる、というものでもないが、気がついたらそれなりに生きやすくはなっているかもしれない。

皮肉に思わないでもないが、そういう愚かものの人生もまた、悲しくも寂しい、愛しむべき人生なのだろう。

(坂井)


2013年11月 7日 (木)

佐渡島の歌(自歌自註)

飛び魚のしろがね出でてまた落ちて千年過ぎぬ佐渡のうなばら 『縄文の森、弥生の花』 坂井修一

この11月3日から5日、米川といっしょに佐渡島を旅した。かりん会員であり、延暦11年創建の牛尾神社のご令嬢である佐山加寿子さんに導かれてのもので、単なる観光というよりは奈良時代以来現在に至る佐渡の歴史を学ぶことができた。感謝、である。佐渡で目に触れたものごとについては、別途エッセイなどに記したいと思う。

掲出歌は、この伝統ある島の海を歌ったものだが、作ったのは一昨年。「まひる野」の久保田フミエさんが、この島の鷲崎という土地にこしらえた鶯山荘歌碑公園に、米川と私の歌碑を建立されることとなり、そのために作った歌だ。

単純な歌だが、縄文時代から人の住む佐渡の歴史に触れるとあらためて「千年」のおもしろさに気づかされる。海の生きものたちに流れた千年の時間と、人間の千年とは全く違うもので、前者は天然自然の中の同じことの繰り返しなのに対して、後者は文明というとほうもない怪物が変貌をとげていく歴史の時間となる。

下の写真は、この11月3日に歌碑公園を訪れたときのもの。右がこの歌、左が米川の歌。

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2013年10月 9日 (水)

山川健次郎 (自歌自註)

白虎隊ちやうじて帝大総長の眼光浴びてわが席がある  「ふらんす堂うた日記」2013.9.9 坂井修一

9月9日は、山川健次郎の誕生日。山川は、もと会津藩士、白虎隊隊員。のちに物理学者、理学博士、東大教授。さらに貴族院議員、東大・京大・九大各総長であった。兄に山川浩、妹に大山捨松。時代のせいか、境遇のせいか、学者としてよりも、生き方の豪快さで印象深い人物だ。

「八重の桜」では、勝地涼が山川を演じている。

大学本部棟の大会議室には、歴代総長の写真が順番にかけられている。入り口に近い壁に山川の写真がある。これはWWWなどでは見られない横顔の写真だ。今年は研究科長・研究所長会議などで、しばしばこの写真の前に座る。掲出歌はこれを歌ったものだ。

もう一つ、山川の銅像が、安田講堂と理学部1号館(物理学科が入っている)の間にある。当然といえば当然の場所だが、なかなか良い位置取りだ。この像が設置されたのは2006年12月のこと。

(坂井)

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2013年9月30日 (月)

人生が終はつちまつた(自歌自註)

人生が終はつちまつた燃えカスが歌詠むといふ。笑へ!アルパカ 
「ふらんす堂短歌日記」2013.9.11 坂井修一

ふらんす堂のホームページで、今年1年、「短歌日記」をWWWで連載している。

http://furansudo.com/

思ったより多くの人がみてくださっているようで、特に若い人の反応を聞く。

この作など、ちょっと自棄になったような歌かと思う。まあ、今の歌詠みは、芸術院会員だって、投稿家だって、世間ではこんなふうに思われていることだろう。

昨日の土曜日、私は短歌のために丸一日を使い、35首を作った。注文生産なので原稿料はいただけるが、それで生活できるような金額ではない。歌人といっても、生活の糧は別の仕事や選歌やカルチャーのレッスンで得るのであり、作歌活動ではないのである。その選歌やカルチャーもこれからどんどん需要がなくなっていくだろう。

短歌は、今世紀半ばで滅びるかもしれない。自分が生きている間は滅びないことを祈っているが。

(坂井)

2013年9月10日 (火)

スタヴローギン(自歌自註)

おもひみよネットのかなたしんしんと一万人のスタヴローギン 『縄文の森、弥生の花』坂井修一

この夏に出した歌集の巻頭歌で、さっそく俳人の長谷川櫂さんが読売新聞「四季」の欄でとりあげてくださった。

「今やインターネットは蜘蛛(くも)の網のように地球をおおうが、無数の結び目にいる人間は姿が見えない。その果てしない闇黒(あんこく)に思いをはせる歌。スタヴローギンはドストエフスキーの長編小説『悪霊』の主人公。いわば真空のような虚無主義者。」(「読売新聞」7月25日朝刊)

今日、インターネットは日常生活の大きな部分を占めるようになったが、サイバーテロや標的型攻撃の舞台でもある。テロや詐欺のように実利的な犯罪行為をしかける人物の意図は読みやすいが、スタヴローギンのように複雑でカルト的なニヒリストのそれは読みにくく、影響力は深刻である。1万人のスタヴローギンが同時に引き起こす100万件のネチャーエフ事件。そんなものを想像してみれば、おのずから慄然とするものがあろう。

この歌については、私自身の著作『知っておきたい 情報社会の安全知識』(岩波ジュニア新書)などもご参照いただければ幸いだ。

(坂井)

2013年8月23日 (金)

大川小学校再訪(自歌自註)

須臾といひ永遠といふわからねど子守の像に吹いてゐる風  「ふらんす堂短歌日記」8月14日 坂井修一

8月中旬に、東北へ行き、東日本大震災の被災地を再訪した。今回は、南三陸、大川小学校、女川、石巻、東松島と、”被災地タクシー”を頼んで回った次第である。

大川小学校は、一昨年秋に訪れて以来。「子守の像」はかつては慰霊の壇の一角にあり、触ろうと思えば触ることもできたが、今は縄を張った校庭の中に移されて遠望することができるだけだ。

小学生たちの避難の失敗は、この土地の人々に激しい憎悪をもたらし、訴訟も起こっていると聞いた。裏山にかけのぼれば全員無事であったものを、北上川にかかる橋のたもとに移動しようとしたが、多くが津波に呑まれた。生徒だけで74名が死亡している。

痛ましさとともに、適切な行動ができなかった人々、なかでも先生たちのことを思う。私の大学でも、講義中や試験中の地震について、綿密なガイドラインが作られているが、何をやっても心構えがなければ絵に描いた餅に過ぎない。今年たまたま部局長の私は、9月半ばに大学の安全パトロールを行うことになっているが、ここで働いたり学んだりする人々の心理面まで含めた準備が必要なのだろう。

それにしても。10歳になるかならないかで命を奪われた子供たちにとって、人生とは何だったのだろうか。入り口に立ったら即、出口が待っていた。とうてい自分の理解の及ぶところではないが、立ち止まって静かに考えざるをえないことである。

(坂井)

2013年3月24日 (日)

半島のごとき〈過剰〉

春怒濤とどろく海へ迫り出せり半島のごときわれの〈過剰〉が  『北二十二条西七丁目』田村元

今、職業人として生きていくとしたら、感情でも欲望でも、〈過剰〉は持たないほうがいい。一方で、若者であることを主張するのは、まさに〈過剰〉だろう。

今の若い人の歌としては、どこか火照った感じが残る。「半島」にエロスを感じさせるのも、定型的だが自然だろう。

この作者の場合、感情の起伏をわりあいにナマに歌に持ち込み、かなりの熱を発散するが、これが読者を不快にしない。これはなかなか、である。

(坂井)

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