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2013年8月23日 (金)

大川小学校再訪(自歌自註)

須臾といひ永遠といふわからねど子守の像に吹いてゐる風  「ふらんす堂短歌日記」8月14日 坂井修一

8月中旬に、東北へ行き、東日本大震災の被災地を再訪した。今回は、南三陸、大川小学校、女川、石巻、東松島と、”被災地タクシー”を頼んで回った次第である。

大川小学校は、一昨年秋に訪れて以来。「子守の像」はかつては慰霊の壇の一角にあり、触ろうと思えば触ることもできたが、今は縄を張った校庭の中に移されて遠望することができるだけだ。

小学生たちの避難の失敗は、この土地の人々に激しい憎悪をもたらし、訴訟も起こっていると聞いた。裏山にかけのぼれば全員無事であったものを、北上川にかかる橋のたもとに移動しようとしたが、多くが津波に呑まれた。生徒だけで74名が死亡している。

痛ましさとともに、適切な行動ができなかった人々、なかでも先生たちのことを思う。私の大学でも、講義中や試験中の地震について、綿密なガイドラインが作られているが、何をやっても心構えがなければ絵に描いた餅に過ぎない。今年たまたま部局長の私は、9月半ばに大学の安全パトロールを行うことになっているが、ここで働いたり学んだりする人々の心理面まで含めた準備が必要なのだろう。

それにしても。10歳になるかならないかで命を奪われた子供たちにとって、人生とは何だったのだろうか。入り口に立ったら即、出口が待っていた。とうてい自分の理解の及ぶところではないが、立ち止まって静かに考えざるをえないことである。

(坂井)

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