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2015年9月

2015年9月 5日 (土)

二重に恥ずかしい(自歌自註)

Verweile doch! Du bist so alt. (Universitätsbibliotek) 『群青層』  坂井修一

以前にもあげたが、もう一度この歌について書いておきたい。

これはドイツ語で詠んだ歌。直訳すれば、

「止まれ! いかにもお前は老いている (大学図書館)」

となる。

といえばおわかりの方も多いと思うが、この歌は、ゲーテの『ファウスト』の有名な文句、"Verweile doch! Du bist so shön."(「止まれ、いかにもお前は美しい」)のパロディーだ。

米国の大学で研究生活を送っていた私は、「このまま帰国するべきかどう」で悩んでいた。そんなとき、彼の地の巨大な図書館の前で、突然、ファウストのあくなき冒険心を思い出し、「自分の悩みは何て年寄り臭いんだろう」と、情けない気持ちになった。おそらく私だけにしかわからない、そんなことを歌ったひとりよがりの作品だ。

しかし、この歌は、「短歌研究」に発表してすぐに、同誌の季評でとりあげられ、井辻朱美さんと髙野公彦さんが全然別の、(おそらく作者の意図を超える)鑑賞をしてくださった。今でも感謝している。

                              *

大学2年のとき、つまりもう今から37年も前に、南原實先生のドイツ語の講義で、『ファウスト』を読んだ。理学部進学生の教養科目で、受講者が輪番で翻訳する形式だった。

ファウストはすでに日本語訳で読んでいたが、この詩劇のすばらしさは、原著でないとわからない。読み始めてそのことをすぐに理解したが、各回当番の理系学生は、ドイツ語やゲーテなどには興味ないから、通過儀礼として最低限の義務を果たす。つまりぎりぎり文法と訳語を間違えなければ良い、という態度で、自分の受け持ちの2,3ページをなんとかこなしていくだけである。

そんな学生たちに対して、南原先生は穏やかに接していたが、「まあ、理学部の進学生はこんなものだろう」、と諦めていたのだと思う。ところで、理系にいながら短歌など始めていた私は、毎回繰り返される同級生の”壊れたプラモデル”のような発表に嫌気がさし、この講義には出ないで、一人下宿で原文を読むこととした。『ファウスト』を原文で読むことは、その時の自分にはとても大きな楽しみだった。

この講義の私の成績は「良」だった。試験のない講義で出席も輪番担当もしないのだから、当然のこと。それで良いのだ、と納得していた。

今思えば、成績はともかく、やはり一度ぐらいは発表をして、自分のひとりよがりな訳を南原先生に直してもらうべきだった。私の人生にはしばしばあることだが、ほんとうに愚かなことばかりしてきた、と悲しくなってしまう。

ともあれ、南原先生があの講義で、(理系には難解な)『ファウスト』をとりあげなければ、冒頭の一首もなかったことはたしかと思う。

南原先生と米国の大学に感謝しつつ、わが身の小ささを二重に思い、恥じずにいられない。

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